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第三話 3年D組
「ほんとのことば」
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 式典も、教室での最後の挨拶も終わり、色とりどりのペンでサイン帳に名前を書き込む儀式も、もうすぐ終わる。でも、まだだれも教室から出て行こうとしなかった。古びたこの教室を名残惜しむように、何をするでもなく、みんなが入れ替わり立ち話をしていた。
「はい、卒業祝い」
 窓際で、サイン帳に書き込む粋な台詞を考えていると、八重ちゃんが手を伸ばして、平べったい紙包みを僕の顔の前に差し出した。
「いいの?」
「すなおにもらっておきなさい、後悔するよ」
「ありがとう、開けてもいい?」
 本当は、窓の外に叫びたいほどうれしかった。でも、はずかしいので、やめておいた。
「うん、いいよ、たぶん、すぐつかえるものだとおもう」
「んん、なんだろう」
 丁寧にセロテープをはがし、包装紙の中から、白い紙箱を取り出した。ふたを取り、そこにあったものを見たとたん、胸の一番奥でドキンと大きな音がした。
「八重ちゃん、これ」
「ほら、おそろいだよ」
 そう言って後ろを向いた八重ちゃんのポニーテールは、一年生の時、教科書忘れました作戦のあとにあげた、ギンガムチェックのバンダナで結ばれていた。箱の中には、同じ柄のハンカチと、黒い万年筆。きのうからずっと我慢していたものが、顔中からにじみ出てしまった、かもしれない。
「ほら、ね、なみだをふくのに、すぐつかえるでしょ?」
「使えるわけ、ないだろ。こんなの」
 八重ちゃんも、隠すことなく涙をぽろぽろとこぼし、無理矢理笑っていた。わざとらしくえへへと笑ったほほをいくつものしずくが流れていく。
「えへへっ、えっ・・・、えっ・・・、っく。・・・はやしくぅ」
 ざわめく教室で、はなをすする八重ちゃんの声だけが僕の耳に届いていた。八重ちゃんが身体を震わせて、僕の制服に顔を押し付けてきて、声を押し殺そうとする。小さな頭を抱いて、細くて柔らかな髪にほおずりすると、教室のどこかから聞こえてくる誰かのしゃくりあげそうな声を、目で探す何人かが僕たちに気付いて、こちらをそっとうかがっているようだった。
 腕が回ってしまいそうなほど小さな八重ちゃんの柔らかくて壊れてしまいそうな身体を抱き締めて、つむじのあたりにほほを押しつけた。気持ちのすごく深いところが熱くて、何かが、あふれ出してくる。言葉では足りないのがわかっているのに、僕の中の何かが表現されることを待ち望んでいるみたいだった。
 何を言ったらいいのかわからない。わからないけど、呼吸をするような、あいしてるよ、ということばは、生まれて初めて聞いた自分の、ほんとうの声のような気がした。


November Coincidence
十一月の偶然
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